研究会活動
第22回研究会「公益性と持続可能性を考える:山小屋・避難小屋の課題と展望」【2026年03月23日(月)】
近年、山岳地における山小屋や避難小屋は、宿泊施設としての役割にとどまらず、遭難防止、環境保全、登山道整備など多様な公益的機能を担っています。しかし、登山人口の減少、経営難、気候変動による影響など、これらの機能を維持するための課題は深刻化しています。今回の研究会では、国内外の事例を踏まえ、山小屋・避難小屋の公益性を再評価し、持続可能な運営モデルや制度改善の方向性を議論します。

趣旨説明「山小屋・避難小屋の公益性と持続可能な運営を考える視点と論点」

愛甲 哲也 氏(北海道大学大学院農学研究院)

日本の国立公園をはじめとする山岳地において、山小屋や避難小屋は単なる宿泊施設としての枠組みを超え、極めて重要な役割を担ってきた。それらは遭難防止のための安全拠点であり、登山道の維持管理や自然環境の保全といった、登山文化の根幹を支える公益的機能を長年にわたり果たしている。
しかし、近年の山岳環境を取り巻く状況は劇的な変化を遂げている。特に新型コロナウイルス感染症の流行は、山小屋の経営基盤に深刻な打撃を与えた。加えて、地球温暖化に伴う気候変動の影響は、山岳域の気象条件や地形を不安定化させており、維持管理の困難さを増大させている。また、直近の動向を見れば、冬期のバックカントリーやスキー場外での事故、さらにはヒグマ等の野生動物による人身被害など、登山者の安全を脅かすリスクが多様化・複雑化している。こうしたリスクが顕在化するなかで、登山者が安全に活動できる環境が守られているのは、ひとえに山小屋や避難小屋が安全の砦として機能しているからに他ならないからであろう。
こうした危機感を背景に、これまでも山小屋の公益的な役割の再評価や、その機能を次世代へ引き継ぐための議論が重ねられてきた。今回は、これまでの検討状況をベースとしつつ、さらに議論を深化させる場として本テーマを設定した。今回の研究会を通じて、山岳域の未来を形作るための具体的な方向性を論じ、安全で豊かな登山環境を次世代に繋ぐための、山小屋・避難小屋の公益性と持続可能な運営を考える契機としたい。


話題提供1「国立公園における山小屋のあり方検討」

藤田 和也 氏(環境省自然環境局国立公園課)

国立公園の山岳地域における山小屋は、宿泊や飲食の提供にとどまらず、登山道維持管理・自然環境保全、情報提供・登山者指導、遭難対策、さらには給水やトイレの提供といった多面的な公益的機能を担う重要な拠点である。しかし最近では、新型コロナウイルス流行を経て、ライフスタイルの変化や公園利用が多様化したことに加え、知識の乏しい登山者の増加、ヘリコプター輸送会社の撤退や輸送費の高騰、建築基準法等の法令上の制約、人員確保の困難さなどにより、山小屋運営は逼迫した状況にある。こうした経営基盤の弱体化は、安全な登山環境の維持を揺るがしかねない深刻な課題となっている。これを受け環境省では、山小屋の持続可能な運営に向けた検討を本格化させている。現在は特定の地域をモデルケースとして、現場の実態に即した支援や制度のあり方を模索している。
現行の自然公園法において、山小屋は一般的なホテル等と同じ「宿舎事業」に分類されており、過酷な山岳環境で公益的役割を担う独自の性質が制度上明確に定義されていない。また、地域によって設置主体や事業形態が多様であることも、一律の支援を難しくさせる要因となっている。
こうした背景から、環境省では山小屋の公益性を自然公園法の運用実務において明確化する検討を進めてきている。具体的には、地域の管理運営計画において山小屋の定義や役割を明記し、山域管理の重要なパートナーとして明確に位置づけることを目指している。これにより、山小屋の公益的な役割や責務を明確にし、その活動を法的・実務的に担保する狙いがある。
さらに、運営上の障壁となっている建築基準法や労働基準法など他法令の規制緩和に向けた課題整理も進めている。今後は全国共通の指針である「公園計画作成要領」の改正も視野に入れており、宿舎事業の中に「山小屋」を明確に定義することで、制度上の地位を確立させたい。これにより、他省庁との調整や実効性のある財政支援を加速させ、現場の負担軽減と次世代へ繋がる登山環境の維持を図っていく。


話題提供2「中部山岳国立公園の山小屋の現状-山岳域の利用環境の維持と課題について」

山田 直 氏(北アルプス山小屋友交会/横尾山荘)

北アルプスの山小屋は、民間事業者でありながら自然公園法に基づく「宿舎事業」の認可を受け、国立公園の利用環境を支える重要な公益的役割を担っている。具体的には、雪崩や豪雨災害後の登山道・橋の復旧をはじめ、環境配慮型トイレの維持とし尿処理、利用者のための飲料水確保、さらには警察等と連携した遭難救助や遭難防止活動など、多岐にわたる業務を山小屋自らの収益を原資として実施している。現在、山岳環境管理に関わる行政機関(環境省、林野庁、文化庁、自治体等)が複数存在する一方で、それらを統括的に調整する機関は不在である。そのため、実際には現場を熟知する山小屋事業者が中心となって協議会を組織し、行政と連携しながら利用環境の維持に努めているのが実態である。
このように長年の自助努力によって支えられてきた山小屋運営だが、現在は単独では解決し難い深刻な課題に直面している。例えば、ヘリコプター輸送における民間事業者の撤退や契約困難による物資運搬の危機、山岳地という特殊な立地条件における建築法令遵守の困難、さらには、通勤が不可能で長時間勤務や夜間救助対応が避けられない特有の労働環境に対し、労働基準法が画一的に適用されることによる人員確保の限界などである。加えて、準備不足やマナーが欠如した入山者の増加による指導・救助負担の増大も、現場の疲弊を招く大きな要因となっている。
これら山積する課題の解決に向けては、山小屋事業が果たしている公的な役割を法的に明確化することが不可欠である。公園事業の宿舎事業の中から「山小屋事業」を独立したカテゴリーとして位置づけた上で、運営の障壁となっている諸法令との調整や適用緩和措置を国主導で進める必要がある。また、この法的明確化は、将来の事業承継の際にも、公益的役割の履行を認可条件(責務)として担保するための重要な根拠となる。さらに、老朽化が進む施設本体の維持や災害時の再建等に向けては、一定の要件を満たす山小屋に対する公的な関与と経済的支援の枠組みが強く求められる。
最後に、利用環境を維持し登山文化を次世代へ継承していくためには、利用者側の協力と意識改革が欠かせない。貴重な自然環境への立ち入りには自己責任の原則とルールの遵守が求められることから、協力金によって登山道の維持を推進する「北アルプストレイルプログラム」が全域で展開され、入山前の準備状況やマナー確認を行う実証実験などを通じて啓発に努めている。山小屋側も、立地条件にふさわしい営業内容を模索し、過剰なサービスを追求するのではなく、特別な場所へ自らの意思で足を踏み入れるという意識を登山者に促していく。自立した登山者の育成に寄与することで、次世代に繋がる持続可能な登山文化の継承に取り組んでいきたい。


話題提供3「山小屋の建築史からこの先の在り方を考える」

奥矢 恵 氏(京都府立大学大学院生命環境科学研究科)

山小屋は本来、過酷で刻々と変化する山岳環境において、人命を守るための必要最小限のシェルターとして造られた施設である。歴史的に山小屋は、建設地の環境を読み解き、周辺で入手可能な自然の材料を用い、立地環境に適応するための試行錯誤を繰り返す中で蓄積された建築的な知恵の結集であった。日本の山小屋は、国重要文化財の立山室堂、帝国陸軍測量部の石室から発展した白馬山荘、帝国ホテル社長が創設に関与した燕山荘、猟師・杣の小屋を継承する嘉門次小屋、スイス山岳会のスキーヒュッテを源流とする吾妻小舎など、時代や立地に応じ多様な変遷を遂げてきた。
こうした日本の山小屋の原点には、固有の山岳信仰の歴史が深く関わっている。古来、山は遥拝の対象であったが、奈良・平安時代からは修験者が山に入るようになった。そして江戸時代、大衆登拝が普及したことで、庶民が休憩・宿泊・避難するため建築物としての山小屋が造られた。その代表例が富士山の石室である。強風や雪崩から守るため、木造の小屋の壁や屋根に噴石を積む合理的な仕様が取られ、施工が容易な、石の上に土台を敷いて柱を立てる土台建てなどの構法が継承されてきた。
この石による防御の知恵は、吉阪隆正が設計した涸沢ヒュッテ新館や、剱澤小屋など、雪崩被害を克服してきた現代の山岳建築にも引き継がれている。一方で、大正の大衆登山普及期には、地域ごとの独自性も生まれた。長野県が伝統的な石造の小屋を整備したのに対し、山梨県は奥秩父の森林帯にて簡素・素朴・プリミティブを掲げ、中土間を配置した丸太造の小屋を構築した。これらは、現地の材料を使い、小屋の変形を直ちに修復するという小屋主の高度な営みにより維持されてきたものである。
しかし、戦後の近代化に伴い、道路・上下水道・電気などのインフラ完備を前提とした建築基準法が整備され、山小屋にも一律に適用されるようになった。コンクリート基礎と柱梁などの架構を金物で固める剛構造や、石油由来の断熱材を用いる高気密化といった現代の法規制は、地盤が流動的で高湿な山岳環境には必ずしも適合せず、引き起こしによる修復不可、結露による劣化といった課題を生んでいる。
こうした不適合を見直すヒントとして、日本の伝統構法の再評価が挙げられる。かつての山小屋に見られた、柔軟に揺れを吸収し外力を受け流す構造や、環境負荷が少なく原状回復も容易な自然材料の選択は、極めて合理的である。山小屋は自然と人間をつなぐ媒介であり、自然の圧倒的な力に対して謙虚に造ることが求められる。山麓と同じ利便性や快適性を追求するのではなく、山小屋という建築物に小屋主らが長年をかけて蓄積してきた知恵に立ち返り、山岳地固有の建築と関連法規の在り方を模索していくことが求められる。


話題提供4「気候変動による登山の変容と山小屋への影響:欧州の事例から」

吉沢 直 氏(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院)

欧州アルプスでは、気候変動による氷河の後退や永久凍土の融解が顕著であり、登山活動に影響している。モンブラン山域での調査によれば、かつての主要ルートの多くが落石や雪氷の消失により困難化・消失しており、気候変動の影響を免れているルートはわずか2%に過ぎない。こうしたリスク増大に対し、登山者や山岳ガイドは活動時期の移行やアクティビティ変更といった適応を余儀なくされている。
特に深刻なのは、永久凍土の融解に伴う地盤の不安定化である。ある主要ルートでは落石事故が急増し、安全確保のために自治体が山小屋を強制閉鎖する事態も起きている。こうした変容は、アクセス道路、登山道、山小屋が一体となった「山小屋システム」を根底から揺さぶっている。具体的には、土砂崩れによる道路寸断、氷河後退に伴う登山道の維持負担増、地盤変動による建物の構造的ダメージ、水源枯渇、さらには山小屋の営業期間の短縮といった、多角的な悪影響が確認されている。中には倒壊の危険から閉鎖を余儀なくされた山小屋や、崩落・消失した事例も発生している。
こうした危機に対し、欧州の山小屋では5つの適応戦略が展開されている。第一にSNS等によるリアルタイムな情報発信とルート誘導、第二にアルピニズムへの依存度下げるための活動の多様化、第三に後退する氷河に合わせたハシゴ延長等のインフラ整備、第四に地盤安全性等の環境モニタリング、そして最後に安全確保のための構造物の移動や戦略的閉鎖である。
現在の主な適応策は、現場の損傷を修復する事後的適応や、堤防建設等の予測的適応である。しかし、安易な再建やヘリ空輸の増大といった、持続可能性に欠ける不適応も散見される。現場の対策が気候変動のスピードに追いつかなくなっている今、求められるのは山小屋の移設や活動形態の転換など、根本からモデルを変える変革的適応である。これには高コスト等の障壁があり、事業者・行政・科学者が連携した長期的なガバナンス構築が不可欠である。国内においても白馬大雪渓の縮小など同様の兆候が顕在化しており、従来の登山様式が維持できなくなる可能性を直視した、長期的な適応策を検討することが急務となっている。


ディスカッション

コーディネーター:
   愛甲 哲也 氏
パネリスト :
   奥矢 恵 氏
   藤田 和也 氏
   山田 直 氏
   吉沢 直 氏

1)山小屋の法的位置づけと経営・雇用の持続可能性について

  • 山小屋は旅館業法上の簡易宿所に分類されるが、この扱いは外国人就労の受け入れ制限を招くなど実務面での大きな制約となっている。また、野営場の管理形態が複雑で責任所在が曖昧なケースも多く、これらを正式な公園事業として統合し、管理者が実態を把握できる体制へ移行することが求められている。山岳特有の立地や公益性を反映した独自の法的枠組みを構築することが、適切な利用管理と持続可能な運営を支える不可欠な基盤となる。
  • 経営面においても、血縁によらない事業承継や若手スタッフの確保など、継続性は年々困難さを増している。厳しい労働環境にあっても正社員雇用に取り組むなどの工夫がなされているが、担い手不足の根本的な解消には、山小屋の役割を法的に明確化し、社会的地位を向上させることが重要である。山岳環境に魅力を感じる次世代が誇りを持って活躍できる環境を整えることこそが、山岳文化を未来へ継承する鍵となる。


2)山岳環境に順応した建築規制の適正化と専門技能の継承について

  • 山小屋の建築には街中と同じ建築基準法が一律に適用されているが、高湿で地盤が流動的な山岳環境においては、伝統構法の柔構造が合理的である一方、現行法が求める高気密化が建物の腐朽を招くといった不適合が生じている。今後は伝統構法も参考に、山岳地の風土に即した独自の建築関連法の策定や緩和策、長期的維持に資する構法への公的補助など、山岳文化を継承する上で不可欠な山小屋という営みを継続するための多角的な支援が求められる。
  • ハード面の整備を支える担い手の確保も喫緊の課題である。かつては経営者自らが山岳地特有の風向きや湿度など、過酷な環境を熟知し施工を主導したが、現在は分業化が進み、困難になりつつある。円滑な維持管理や建て替えを行うためには、単なる技術のみならず、山岳環境や文化への深い理解を持つ専門技能者の育成や、施工体制への支援が不可欠である。


3)気候変動への適応と登山道の維持管理について

  • 欧州では氷河融解による建物被害が深刻化しており、国内においても水不足をはじめとする気候変動の影響は顕在化しつつある。こうした事態への適応策は急務であり、各施設の立地や公益的機能の実態に応じた、柔軟な支援や予算配分の視点を持つことが極めて重要である。
  • 山小屋の廃止は縦走などの利用形態を困難にし、国立公園全体の価値を損なう深刻な課題である。これに対し、特定の施設が危機に瀕してから対応するのではなく、行政、自治体、事業者が平時から密に協議できる体制の構築が重要と考える。山小屋の存廃を個別経営の問題とせず、登山道の連続性や山岳環境を守るための地域共通の課題として捉え、迅速に公的支援や経営移譲の議論ができるガバナンス体制を構築していく必要がある。


4)欧州における山小屋経営と登山道管理の役割分担について

  • 欧州では歴史的に個人経営から団体経営への移行が進み、組織的なバックアップによって各施設が単独の収益に依存せず、設備投資や修復を行える体制が確立されている。また、利用面ではアルパインクライミング等の歴史的背景から、利用者の自己責任を前提とした自由度の高い管理文化が根付いている。こうした経営面での組織的支援と、利用面での自由と責任のバランスは、日本の今後の山岳管理を考える上で重要な視点となる。
  • 特にフランスでは、立地やアクセスの困難さに基づいた明確な「山小屋の定義」が法律で定められており、それに基づいた支援スキームが構築されている。日本においても、こうした諸外国の定義や支援のあり方を参考に、法的位置づけの確立と、それに伴う公的支援の具体化を検討していく必要がある。


5)今後の展望:公園計画の再定義と具体的財政支援の具体化について

  • 公園計画において山小屋を宿舎事業から直ちに切り離すことは、地域ごとの多様性もあり容易ではない。まずは、公園計画作成要領の改正を通じて、宿舎事業の中に「山小屋」という特殊な施設が含まれることを明確に定義づける。この再定義により、一般のホテル等との区別を明確にし、他法令の規制緩和を検討する上での根拠とする。また、地域の管理運営計画に公益的機能を明記することで、事業継承の際にもその多面的な役割が引き継がれる仕組みの構築を目指したい。
  • 山小屋の法的な役割を明確化する取り組みが着実に進行している点は、長年の訴えが前進したものとして評価できる。しかし、それが単なる定義の変更に留まってはならない。この動きが、関係法令との実質的な調整の加速や、登山道の維持、衛生環境の保全といった「山岳域の適正利用」の推進へ具体的に結実することを強く期待している。貴重な自然環境を次世代へ継承するためには、山小屋の経営課題の解決と並行して、利用者側の理解と協力を得ながら、持続可能な利用環境を構築していくことが不可欠である。
  • 万が一、山小屋の運営が継続できなくなった場合、利用者の安全と環境保全が保てなくなる。そうした事態を防ぐため、安全確保に不可欠な施設については、公的関与による救済など抜本的な支援策が必要であるとの声が現場から上がっている。山小屋の課題は収益性以前に、施設機能の維持そのものにある。観光振興を目的とした経済活動への支援とは一線を画し、山岳インフラの維持という視点に立った公的な枠組みが不可欠である。
  • 山小屋が宿泊事業内で法的に明確化されれば、支援メニューの拡充など、より実効性の高い対応が可能になる。具体的な制度設計は今後の課題だが、予算確保と並行し、現場の意見を丁寧に汲み取ることが重要であると考えている。山岳環境の維持という公益性に鑑み、実態に即した支援策を具体化し、持続可能な運営体制の構築を目指していく。


(文責:JTBF)